明日がもしも来なかったとしたら

日々の気づき


ここ数日、ほんと暖かいですね~ もうすっかり春ですねヾ(≧▽≦)ノ

色とりどりの花がどんどん開花していって、春は私が大好きな季節です。


そして、ようやくマスクを堂々と外して(もうとっくに、屋外では外していましたが)、いろんな匂いをかいで、風を肌で感じられるのも嬉しいですね♪

さて、昨日は東日本大震災から12年でしたね。12年と言えば、干支をぐるりと一周。。。

つくづく時間の流れを感じますね。


地震とか災害って、仏教の”無常”をまざまざと感じさせられます。


実際、何も変わらないものなんてないのに、明日も同じ朝が迎えられるかどうかなんて誰にも分からないのに、私たちはあれこれ明日の計画を立てたり、将来のために頑張ったり貯金したりするんですよね(^^;)


それはそれでいいんですが、大事な人との関係においても「あの人どうしてるかな。話したいな」「LINEしないと」とか思いながら、「忙しいし、また後でもいいかな」なんて後回しにしてしまったり。。。もちろん、私もその一人なんですけど。


でも、そうして後回しにしてしまったことが、地震や災害のせいで、もう二度と出来なくなってしまった…なんてことも、あり得るんですよね。。。



地震だけでなく、自分や相手の方が事故に遭ってしまったり、何か事件に巻き込まれてしまったり、病気で突然倒れてしまったり。。。本当は十分起こり得ることなんですよね(>_<)


魂同士でコンタクトはできるとしても、身体があるからこそ話をしたり一緒にご飯を食べたり出来るわけで。。。それが出来ないのは寂しいし、悲しいですよね。。。


”明日は来ないかもしれない”をちゃんと意識して、やはり会いたい人や話したい人にはすぐに連絡しよう、伝えたいことはちゃんと伝えておこうと、思いました。

そして、”明日は来ないかもしれない”を意識することが、実は今日という日を輝かせられることを実感した日でもありました。死を意識することで、生きていることに感謝出来たり、もっと丁寧に生きようと思えたりするのと同じように。


明日は来ないかもしれないから、この一瞬一瞬が愛おしいし、今日という日に感謝できる。やることの優先順位も変わってきますよね。自分にとって本当に必要なことは何なのか、大事なことは何なのか。


それを見つめながらこれからの日々を生きて行こうと、思いを新たにした一日でした。